ソフィーのアトリエDX フォトモードでおパンツを頑張る

 ソフィーのアトリエDX、神です。ストーリーが良く、キャラが良く、調合や戦闘も楽しく、そしておパンツが見れる。しかも見ようとしてあれこれしない限りはまず見えないので、非下着主義者に配慮されていると同時におパンツにゲーム性が確保されている。これは神ですよ。崇め奉るべき。
 「ソフィーのアトリエ パンツ」で検索すると何らかのツールを用いて無法なアングルからスカートの中を覗いたと思しきスクショが多数見つかりますが、外法の術に頼らずともゲーム内に標準搭載されているフォトモードを使えば十分に素晴らしいものが撮れます。フォトモードはカメラの角度や位置の制限が厳しく、スケベ心からちょっと上を見ようとしたりちょっとスカートの中にお邪魔しようとするとすぐキャラクターが消えてしまうのでがっかりしてクソ機能だと思われた方も多いかもしれませんが、多少工夫すれば神機能として使えます。もしかしたら周知のテクニックかもしれませんが、このフォトモードの活用のしかたを今回はご紹介したいと思います。
 具体的なやり方は下の動画をご覧ください。

 手順としては、
①適当な場所でフォトモードを起動する。
②キャラ操作モードに切り替え、ソフィーの座標を調整する。
③キャラ操作モードを終了し、カメラの位置と傾きを調整する。基本的にはカメラをめいいっぱい奥に寄せ、めいいっぱい上に傾ければいい。
④カメラ位置をリセットする。(Switchの場合、Lスティック押し込み)
⑤3と4の操作を何回か繰り返す。
⑥画面を録画し、いい感じにおパンツが映っている瞬間を探す。いい感じにおパンツが映っていなければ、2もしくは1からやり直し。
です。
 なんで撮れるのかはよくわからんのですが、カメラ位置をリセットするとカメラが、X軸位置についてはフォトモード起動時の情報を、Z軸位置については前回リセットした時の情報を、Y軸とカメラの傾きはリセット直前の情報を参照して戻る、という感じになってるのかなと。

標準機能でこんなに頑張れる!神!

 これを応用すれば、ソフィー以外のおパンツも下から眺めることができます。特に下の方を見るのが難しいテスや接写するのが難しいコルネリアに対して、フォトモードは強みを発揮します。2人とも見ること自体は他の方法で簡単にできるんですけどね。
 ソフィー以外を撮る場合は、
①撮りたいキャラがいる場所まで行き、カメラとソフィーでそのキャラを挟むように位置取りをしておく。
②カメラの位置と傾きを頑張って調整する。カメラをめいいっぱい奥に寄せ、めいいっぱい上に傾けた後、カメラを少し引く。
③カメラ位置をリセットする。
④3と4の操作を何回か繰り返す。
⑤画面を録画し、いい感じにおパンツが映っている瞬間を探す。いい感じにおパンツが映っていなければ、2もしくは1からやり直し。
です。

 こっちは②の作業がとても難しいです。なかなか成功させ辛いのですが、めげずに頑張りましょう(特にコルネリアが難しい)。上のプレイ動画では工程を動画の時間内に収めるためにかなり適当に調整をやってますが、天井や空に目印をつけて、操作速度を切り替えて(Switchの場合、Xボタン)遅くして、少しずつカメラを引きながら試行錯誤するといいかと思います。

ソフィーとテスたそ 友情のダブルおパンツだ

コルたそ…すき…

レオンさん 戦闘中はものすごく見えるが、フォトモードだと意外と手ごわい(後ろが露店なので、カメラとソフィーで挟むのが難しい)



 それでは良きソフィーのアトリエのおパンツを。エンジョイ

ゲームと魔力と「いき」とギャルについての短い考察

 公式がユーザーの妄想にすり寄るのを気分悪く思うというツイートが散見された。メギドの話である。原作において全くそういう設定がないキャラを一部ユーザーが勝手に母と称して盛り上がっている中、公式が「母と姉」ピックアップガチャを予告してきたのである。ピックアップされた二人のキャラはどちらも母でも姉でもない。おっさんと美青年である。不可解である。先述のユーザーの勝手な妄想という背景抜きには。ユーザーにすり寄りましたと公式が言うはずもないが、そう思われても仕方ないだろう。
 問題なのはなぜそれがユーザーにとって気分が悪いことなのかということである。筆者はその原因は「魔力」の喪失にあると考える。それまでユーザーを虜にしていた魔力が、公式のすり寄りという行動によって減退するのである。

 ここで筆者が言う「魔力」とは、近代的理性によって説明することのできない、魔法のような、人を惹きつける力である。ドイツ語でいうところのZauberである。英語でいうならばcharmになるだろうか。
 例えば我々はゲームをする。ゲームする暇があるなら勉強なり労働なりをした方がいい、そのことを承知しているにもかかわらずである。近代資本主義における理性は「時は金なり」という精神のもと、勤勉を命じる。我々がゲームに没頭するのはその命令に反している。つまり、ゲームをプレイするのは非合理的な行為である。ゆえに、我々をゲームに駆り立てる何かも、合理的でない何かである。その何かを筆者は「魔力」と呼んでいる。その魔力が切れた時、人はコントローラーを置いたり、GEOやブックオフに向かったり、アプリをアンインストールしたりするのである。

 魔力を構成するものは何か、どうすれば人に魔力をかけ続けられるか。それをを理解するにあたって大いに参考になるのが九鬼周造の『「いき」の構造』における考察である。
 古来、といってもそこまで古来ではないだろうが、日本人は古くから「いき」という美意識を重視する。「いき」である振る舞いや生き様に心を惹かれる。そのような人を「カッコいい」と思う。我々はそういう生き物である。九鬼はこの「いき」を「媚態」「意気地」「諦め」の三要素によって説明する。
 「媚態」というのは、九鬼の言葉で言えば「一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度」である。要するには異性に対して媚びながらも一定の距離を保つ、そういう態度である。「媚びている」ことと「一定の距離を保つ」ことが両立していることが重要で、どちらかが欠けると「いき」ではなくなる。例えばお高く上品にまとまりすぎててはいけない。媚びていないから、みんなが避けちゃうから、先の九鬼の定義の中の「可能的関係」が築けないからである。同様に、距離が近すぎてもいけない。九鬼は「異性が完全なる合同を遂げて緊張性を失う場合には媚態はおのずから消滅する」と言う。つまり、お父さんやお母さんに艶がないのは、お父さんとお母さんが一緒になっちゃったからである。何で自分の父母は生殖できたんだろうという疑問は少なからぬ人が持ったことがあるのではなかろうかと思うが、それは「媚態」が失われた後の二人しか見たことがないからである。お父さんとお母さんが恋していた頃、すなわち二人が婚姻関係でなく、その前段階の「可能的関係」で結ばれていた頃は、きっと、輝いていたのである。たぶん。
 「意気地」というのは、異性に対する反骨心である。一定の距離を保つことは「媚態」の要件でもあったが、「意気地」はより積極的に異性に反発する態度である。「若い者、間近く寄つてしやつつらを拝み奉れ、やい」とケンカを売る助六のような態度である。要するに、媚びてはいても簡単には靡かねえぞという姿勢である。ちょっとかわいい女の子や顔の良い男に簡単にホイホイされる奴は意気地なし、あるいは野暮である。「他の奴は自分のルックスで簡単にホイホイできたのにこいつだけは違う、おもしれえ」と思わせてこそ、恋が始まるのである。
 そして「諦め」である。曰く、「運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心」である。つまり、「俺はどうせモテねぇから」という諦念である。どうせモテねぇからとか言いながら異性をチラチラ見ているようではただの無様な非モテ君になってしまう。それは諦めが足りないのである。何度も「俺のことを好きだと思っていたのに……」ということを経験してようやくたどり着く煩悩からの解脱、それが「諦め」である。
 以上、一定の距離を保ちつつ媚びる「媚態」、簡単には靡かねぇぞという「意気地」、どうせ俺はという「諦め」から成るのが「いき」である。一つでも欠ければ、それは「いき」ではなくなる。「媚態」を失えば大阪のオバチャンや休日のお父さんになるし、「意気地」を失えば美人に釣られて数百万の絵をホイホイ買っちゃうスケベになるし、「諦め」を失えば教室の隅から女の子をチラチラ見ていた俺みたいな奴になる。それらは野暮だったり、マヌケだったり、ダサかったりする存在である。どれもモテからは程遠い、残念な存在である。時には、傍から見ていてどこか気分の悪さを感じる、そのくらいの醜さになるかもしれない。

 ゲームから話題が逸れるが、ギャルの話がしたいので話したい。筆者は、九鬼のいう「いき」を現代で最も体現している存在はギャルであると考える。現代といっても、ここ最近の白ギャルのような賢しいのは「意気地」という点で今一つ「いき」ではないので、ここでは1990年代後半あたりの、おっさんが想像するコテコテのギャルとしてのガングロ茶髪、あるいは2000年代後半に一世を風靡した小悪魔ageha系のギャルを想像してほしい。彼女らは競って肌を大きく露出し、それでいて盛りに盛ったメイクとヘアーで男たちの接近を容易ならざるものにする。すなわち彼女たちのあり方には「媚態」と「意気地」がはっきりと見られるのである。「諦め」についても、少なくとも男たちへの執着は感じられない。ギャルたちのこうした媚びているようで全く媚びていない、自由で今を楽しむ生き様に我々は惹きつけられるのである。九鬼も平成の世のコギャルたちを見ることができたなら歓喜の涙を流していただろうと思う。

 しかしながら、ギャルたちがそれまでの黒髪ロングにタイトミニというあまりにも媚びたボディコン女に対するアンチテーゼとして生まれ、隆盛を誇ってなお、コンサバは死滅しなかった。いや、今や形勢は逆転し、コンサバがギャルを飲み込み、地上を支配するに至っている。結局生き残ったのは、媚び媚びのスタイルだった。我々は、おそらく九鬼が想像する以上に、即物的で俗物的であった。今や結婚相手はマッチングアプリで探し、SNSという公然の場でパパ活という名の売春が行われ、女騎士は2コマで即落ちする時代である。繊細で微妙で壊れやすい関係よりも、インスタントでファストでイージーな関係に飛びついていく、それが我々の性質なのかもしれない。

 とはいえ、ギャルはまだ死滅していない。小悪魔agehaも廃刊したり復刊したりを繰り返しながらなおしぶとく生き続けている。わかりやすい媚びに人が群がる一方で、「いき」のような媚びなさの美もまた失われてはいないのである。
 ゲームの話からだいぶ遠ざかってしまった。ここまでの話をまとめるなら、ゲームにはギャル的であってほしいということだ。ユーザーに媚びを売ること、それは今の世において求められるかもしれない。ギャルも歳を重ねるごとに親から「そろそろちゃんとした格好をしなさい」と言われるかもしれない。しかし、媚びれば、その分だけ輝きを失う。「媚態」の緊張感、「意気地」の反骨心、「諦め」の執着のなさを失う。無論それは程度の問題であるだろうが、程度が過ぎれば「いき」でない、野暮でダサく、気分の悪い態度になるだろう。その時、それまでユーザーを虜にしていた魔力が切れ、「醒める」という現象が生じるのだろうと思う。

 

(本記事の作成にあたっては、青空文庫の『「いき」の構造』(

https://www.aozora.gr.jp/cards/000065/files/393_1765.html

)を参考にした。九鬼の言葉も、全てこのサイトからの引用である)

アーシャのアトリエ楽しかったよという話

表ボスまでですがアーシャのアトリエクリアしました。

以下、本記事の画像は全編この調子です

 

中古屋でアトリエシリーズを物色していて、元々はロロナかトトリがいいかなと思っていたんですが、パッケの黒髪ショートの女の子かわいい~こっちの方が好みだわと思ってジャケ買いしたら開始3分でその娘の墓が建っててワロタ。この娘主人公じゃなくて妹なんですわ。パッケの裏見たらそんぐらいわかるだろ?ジャケ買いする奴はパッケの裏など見ないんですわ。そうそう、お察しの通りアトリエシリーズ初プレイです。

 

悲しいことに、妹の墓前がこのゲームにおける最良のおパンツスポットになっている

 

というわけで彼岸にいる妹を此岸に呼び戻すべくアーシャの冒険が始まるわけなんですけど、3年っていう時間制限があるんですね。このため、プレイ中はけっこうな緊張感があります。365×3で1095日ある計算なんですけど、この日数というリソースは移動・調合・採取とあらゆる行動で消費する上、一度消費したら二度と返ってきません。金ならいくら使っても働けばいずれ戻ってくる、しかし時間は何をしても絶対に戻ってこない。この日数のリソース管理がこのゲームの面白いところであり、難しいところでもあります。

墓前でピョンピョンするな。撮るな

 

アーシャのアトリエ」でググると「難しい」がサジェストされるように、このゲームは難しい部類に入ると思います。特に一周目でのニオたそ救出は至難の業。フラグ立ても複雑で、どのイベントがメインストーリーの進行に関係しているのかも見極め辛いです。自分はグッドエンドを見るのに3周かかりました。主な敗因は1周目2周目ともに品評会とキースさんの課題にビビりすぎたこと。品評会は大金をもらえるお遊戯会ですし、キースさんもなんやかんや良い人なので、積極的に挑んだ方がいいです。

Switch版でも問題なく見える。というか、特に意図しなくてもチラチラするので、逆にえっちなのはいけないと思いますという人は気になっちゃうかも

 

パッケ見て買ったゲームなんですが、ビジュアル面ではやっぱり完全に私の好みでした。買ってよかったです。まずアーシャがかわいい。明るく健気でかわいい。たまにアホで鈍感でかわいい。スクショをパシャパシャしてるとわかるけど、表情もいろいろ作られててとても良い。他のキャラクターも、姉・クソガキ・中間管理職・ゴリラ・ロボ・ムチムチの筋肉・ツンデレと幅広い需要に対応している。特に本作におけるツンデレ担当のキースさんは屈指の萌えキャラ。タバコをポイ捨てしたり図書館の中でタバコ吸いながら蔵書の保存状態について語ったりなどのヤニ絡みのあれこれがなければ、なんやかんやで良い人だと思います。

スカートをはいているプレイアブルキャラは数名いるけど、「生足」で「ショーツ」をはいているのは主人公のアーシャのみ

世界観も寂れ具合と賑やか具合が良いバランスで共存していて良い。街である場所はしっかり街で、街から少し離れると廃墟が広がっています。探索できる場所が限られているのがもったいないですね。ガラス工房やスタインフェーダーとかでもっとピョンピョンしたり杖ブンブンしたりしたかった。巨大な廃墟の中をあちこち歩きまわるのは現実では難しい体験ですし、それだけで興奮できる人も相当数いると思うですよ。

後ろから見るのは簡単だけど、前から見るのは割と難しい

 

ニオ救出後は裏ボス撃破が主な目標になるんですが、こっちも3年でホンマにできるんかいなという難易度。ニオ救出したのに3年?残念、ニオたそを救出しても3年縛りは解除されませ~ん!ここらへんこのゲームで何とかしてほしかったところですね。3年が過ぎちゃうとまたニオたそを救出するところからやり直しだお…。

カメラも自由に動かせないのでバリエーションに乏しく、おパンツだけを目当てに買うと飽きが早いかも

 

裏ボス撃破のためには周回で引き継げる装備品の強化が必須で、そのためには調合の仕様の理解が必須なんですけど、これがまた難しい。攻略wiki見ても???ってなる。なった。シリーズ経験者にはなんてことないかもしれないけど、未経験者には厳しめ。いらない潜在能力がつきまくるのが厄介で、これを避けて目当ての能力だけを装備品につけるのに頭をひねる必要があります。風来のシレンの鍛冶屋なら装備品についちゃった不要印をピンポイントで消してくれるんですけど、黄昏の大地に鍛冶屋はいない。黄昏の大地に必要なのは鍛冶屋。フィルツベルクは鍛冶屋の移住を促す政策を実施するべき。

カメラがイベント中に真下に行くバグがググると見つかりますが、自分は遭遇したことないです

そんなわけでエンドコンテンツはまあまたいずれやればいいやという感じになってます。ゲームの評価としては、アーシャがとにかくかわいいんだけど、調合が難しかったりキースさんがマナー的に最悪のヤニ中だったりなどの難点もあったりで、総合的には100点満点中6兆点といったところです。大満足したのでアトリエシリーズまたやります。次もパンツが見えるやつがいいな。

テイルズオブザレイズはじめました

 世の中はすっかり春ですが、メギドパンチラ界隈は依然として厳しい寒さが続いています。天からの恵みは絶え、植物は枯れ、動物はやせ細り、また一人、また一人とこの地を去ってゆきました。残された者たちは互いに身を寄せ合い、豊かだったあの頃の食料を少しずつ分け合いながらじっと耐えていました。神から見放されたこの地で静かに死を待つように…

 寒さに耐えられないなら翼を生やすしかない。
 暖かい場所を目指して飛び立つしかない。

 

 というわけでやってまいりましたテイルズオブザレイズです。
 きっかけはこちらの動画。

youtu.be

 おお、ここか、ここにあったのか…我々の求めていた地は…。
 変態なる神が創り、変態なる民が住まう場所。私はここに身を寄せようと思いました。

俺はロリコンではない

 なんか最初にキャラを一人選ばせてくれました。私はテイルズオブシリーズのプレイ経験が皆無で、プレイ動画の視聴歴もRTAiJでやってたシンフォニアくらいしかないので迷いに迷ったんですが、この子にしました。俺は断じてロリコンなどではない。

後で来てくれたんですが、こういうの見るとやっぱりこのゲームは変態が作っているのだと思う。もう少し彼らについていきます

 

 テイルズやったことないので何もかも新鮮なんですけど、戦闘パートは格ゲーに似てるんですね。小技刻んで必殺技みたいなの(術技)を入力しとくと連続技になったりして、格ゲー脳にも優しい。バクステもある。うまく使うのは私の腕では難しいですが。

ティポ戦吼~!

 

 エリーゼさんの持ち技の中では、「ティポ戦吼」がつよそう。KOFのリョウの虎煌拳みたいな発生遅め判定デカめ射程短めの飛び道具なんですが、このゲーム、ゲージがある限り必殺技の後隙を必殺技でキャンセルすることができるっぽいんですよね。だから「ティポティポティポ戦吼~!」みたいなことになって相手は死ぬ。あと「フィアフルフレア」。詠唱時間という長めのクールタイムがあるんですが、斜め上から複数の火弾を浴びせる技です。斜め上から降ってくる飛び道具が強いことはDr.ドゥームが証明済み。このゲームは全ての技がターゲットした敵の位置を自動でサーチしてくれるのでこの技も実際にヒドゥンミサイルっぽい技になってます。あとは発生保障ともう少し高いサーチ精度があれば本物のズルになれそう。ちなみにエリーゼにさんを付けて呼んでいるのは、魔鏡(超必殺技みたいのもの)などを使って敵を瞬殺すると「物足りないです」とご不満そうにされるからです。

 

全然おらんかった 自分は後に続く人のためにナタリアをサポに設定しておこうと思う

 エリーゼさんの「ティポ戦吼~!」を堪能しながらメインストを進めてしばらくして気づいたんですが、上の動画で必要なものとして紹介されていたナタリア魔鏡、サポートに設定してる人が全然いねぇ…。仕方ないので自分で用意しました。幸いにもちょうど周年キャンペーンやっててその一環で魔鏡セレクトチケを配布してたので、それを利用しました。サポなら開幕から魔鏡が使えるところ、自前だとゲージを貯めなければ魔鏡が使えないので大変不便しておりますが、まあ仕方ないと思っています。

 それはいいんですけど、むっずい!ナタリア魔鏡のカメラコントロールむっずい!いや予想はしてたんですよ。メギドは敵も味方もキャラ位置が固定されてるのでカメラ位置の調整を試行錯誤しやすいんですけど、テイルズはみんな動き回ってるので自分で最適な位置にキャラを持っていかないといけないんですよ。上の動画によると、ナタリア魔鏡法を成功させるためには敵と自キャラの位置を調整する必要があるんですが、私は動画と違ってフレナタリアではなく自前ナタリアなので、さらに「下から見たいキャラ」の位置も調整する必要があります。

これでも惜しかった方。なおこれはスカートの下に何かはいてるので見れない人

 何回かやってるんですが、割とできる気がしないです。特に見たい対象の位置調整が難しく、ナタリアと近すぎると透過処理をされて消え、遠すぎるとカメラに映らなくなるので、その間のジャストの位置に対象を持ってくる必要があるんですが、そのジャストの位置がおそらく非常に狭いです。今まで何十回か(たぶん何百まではまだいってないはず)はナタリアの「ストーム・フォートレス」を聞きましたが、一度たりとも成功していないです。キャラ位置が固定されていたメギドがいかに恵まれていたかを今になって噛みしめています。

 難しいことしなくても通常技などで簡単に普っ通~に見えるキャラもいるにはいるんですけど、見せてくるのと見えるのとは違うのでもう少しナタリア法を頑張りたいです。あれですよ、川からピチピチ跳ねてあなたの台所のまな板の上に上がってきた魚を食いますかという話ですよ。そりゃ空腹で本当に死にそうになってるくらい飢えてれば食うかもしれないですけど、普通は「なんやねんこいつ」と思うじゃないですか。つまりそういうことですよ。

でも君がいてくれて俺は嬉しい

 あとこのゲーム、見えそうなキャラが思ったより少ないですね。スカートをはいているキャラでも、下に短パンを着ていたりなどしていて見えないキャラがかなり多いっぽいです。エリーゼさんもどうも見えないっぽいです。
 というわけでナタリア法の扱いの難しさとスカートの下にパンツがない率の高さでまた冷え込んでいるんですが、まあ始めたばっかりでキャラもそんなに揃ってないので、ナタリア法をゆっくり研究しながら気長に進めていきましょう。テイルズオブザレイズ、しばらく触った感想としては、かなり「テイルズのファン」向けに作られているのを感じますが、完全にその外側にいる私でもよく楽しめています。オート戦闘があるのが良いですね。自分でエリーゼさん動かして「ティポティポティポ戦吼~!」するのも良いですが、オートでエリーゼさんが固定砲台と化しているのを見るのも楽しい。エリーゼさんかわいいし、「ティポ戦吼~!」も癖になる声で良い。こういうゲームそのものの楽しさやキャラ造形の良さを離れると、例えばホーム画面にお得な課金情報がデカデカと頻繁に表示されるなど株式会社バンダイナムコエンターテインメントを感じさせる部分が散見されるのですが、そういうところに目をつむれば十分に良いゲームを作っていると評価できると思います。
 というわけで、思い描いていたような楽園ではなかったけれど、しばらくここに住んでいようと思います。静かに、つつましく、暖かな春の訪れを祈りながら…

 

 

 

 

 

 というわけで始めました。

 

墓前ですることではない

 寒さに耐えられないなら翼を生やすしかない。
 暖かい場所を目指して飛び立つしかない。

予言

1.ハルマニアには神と宗教が存在する
ハルマたちは何か共通の目的を有しており、そこに向かって論理を構築しているフシがあります。中世~近代あたりの合理主義を彷彿とさせる思考態度です。
合理主義は演繹的に新しい知識を導出しますが、そのためには全ての推論の根本となる「最初の知識」が必要です。それは往々にして「神」でした。「最初に何かが有った」は「最初に何かがあった、それを神と呼ぼう」となり、「最初に神が有った」、そして「最初に神が有った。したがって現実は神が生み出したようになっている」、「現実は神が生み出したようになっている、したがって現実の中に神が生み出したようになっていないと思われる部分があれば、それは何らかのエラーが起きているということであり、修正しなければならない」へとすり替わっていきます。ハルマたちも同じように考えているかもしれません。

2.ハルマニアには数学者がいる

地上の敵を捜索したりとか、凧揚げしてるヴィータに目的を聞いたりとかすれば確かめられることじゃないかな

 

メギドラルには科学者がいますが、サタナキアやガギゾンたちが典型的にそうであるように、彼らの思考の姿勢は実験と観察を基本とします。
しかしながら、今のところハルマニアにはそうした姿勢があまり見られません。107の凧のシーンも、メギドであれば凧の根元に偵察を送るとか聞き込みを行うとかの観察や、あるいはちょっと風を起こしてみるなどして凧に刺激を与えてみるなどの実験を行い、その結果を待ってから凧が何のために揚げられているかを推論することでしょう。しかしハルマたちはそのようなことをせず、自分たちの頭の中だけで推論します。
このように実験も観察も行わなくても成立しうるのが数学です。数学は公理や定義から出発して新たな定理を導くわけですが、そのためには実験も観察も必要ありません。例えば三平方の定理を証明するのに必要なのは現実に存在する三角形ではなく、ユークリッド幾何学の公理と三角形の正確な定義です。ハルマたちにはきっとこうした思弁の世界のみで成り立つ科学が向いています。

3.ダーウィンが登場する
19世紀までのヨーロッパ的な合理主義に壊滅的打撃を与えたのがダーウィンの進化論です。進化論によれば、人間もサルも同じ起源から出現します。それはすなわち、人間の他の種に対する絶対性、ひいては理性の絶対性への懐疑を生じさせることとなります。ハルマたちの凝り固まった頭を解すにもこれくらいの衝撃が必要でしょう。
19世紀までの古い合理主義を終わらせた契機としてはもう一つ、文化人類学的知見の発達も挙げることができます。もしかしたらレヴィ=ストロースもメギド72に登場するかもしれません。

4.ハルマニアは社会主義である

カマエルたちは後戻りした存在である

 

上の宗教のことや、現実の社会主義が資本主義からの弁証法的発展として理論的に成立しているという歴史的事実と整合性がとれるかどうか、書いている本人からしても極めて微妙に思いますが、メギドラルとハルマニアを対比するのであれば十分にありうるだろうと思います
メギドラルは、極めて資本主義的な社会です。それも、新自由主義的な資本主義社会です。メギドラルでは、戦争でどれだけの功績を挙げたかが全てです。そして、メギドラルには公的な機関がほとんど存在しません。例えば現実世界における刑務所に相当する懲罰局でさえも、一つの軍団であるという点で競争の中にさらされています。猫軍団など中立の軍団はいますが、彼らは戦争による偏りの是正というよりも、むしろ戦争をより活性化させたり、戦争を正常かつ円滑に行うために存在しています。こうした点から、メギドラルは公的機関による調整機能を重視するケインズ主義ではなく、市場競争に全幅の信頼を置く新自由主義的な社会に強く類似した社会と言えます。ハルマニアがこれと正反対の社会であるならば、そこは市場競争を否定し、完璧なまでに平等性を追求する社会主義的な社会であるだろうというわけです。
平等性は、言葉を変えれば均質性です。また、先述した通り、社会主義理論は資本主義の克服を目指して成立したものなので、社会主義者にとっては社会主義的社会は資本主義的社会よりも進歩した社会です。10章におけるハルマたちの均質性や全体主義的思想、メギドたちを見下す態度の描写、カマエルが口にした「退化処理」というキーワードなどは、ハルマニアが社会主義であることを推定する材料となります。

メギドパンチラ研究の現在(2022・冬)

寒い。寒すぎる。早く夏になってくれ。
いやー、今年もいろいろありましたね。ファーさん実装とか、メインストーリー10章とか、東方編とか、メインストーリー10章とか、ハルファスとかブエルとか、メインストーリー10章とか、メインストーリー10章とか……。というわけで、今年後半の研究の進捗や環境変化を振り返っていきましょう。

 

主なニュース

アザゼルイベが常設入り(7月)

せめてイベントバフで防御的なやつがほしかった

イベント「生と死と、それぞれの個と」が常設イベント入りしました。これの何が重要かというと、E2のビフロンス戦が「かばう」と「列移動」の要素を持っている点です。
フォロワーの方はご存じかと思いますが、一般に、行動後のカメラ位置は自ユニットと敵ユニットの位置関係によって変化します。例えば前列メギドと前列敵なら、それぞれの横位置の組み合わせの数だけカメラ位置のパターンがあるので、5×5=25通り、敵にノックバックを入れることができればさらに5×5通りで計50通りのカメラ位置を調査できます。そして敵がかばうを使ってくると、かばわれた敵よりも手前にいる敵に対して攻撃することになるので、やはりカメラ位置が変化します。それも先と同様に5×5×2通りあるので50通り、これまで全部足せば100通りになります。もちろんこれを全部試すわけではなく、基本的にはメインストーリー1章のステージ1のような場所で試して、それでうまくいかない時にかばう持ちがいたり引き寄せやノックバックを使ってくる敵がいたりするステージでやってみる、という感じでやっています。
ところで一部のメソッドは行動するメギド(例えばアンドレアルフス)とスカートの中を見たいメギドの列を同じにする必要があるのですが、現状、こちらに列移動を仕掛けてくる敵はそれほど多くありません。前述の「かばう」を使用してくる敵と列移動技を使用してくる敵が同居することはさらに稀で、これまでは「届かぬ心・モラクスの願い」のE1くらいしかありませんでした。というわけで、アンドレアルフス法のように後列を引き寄せる必要があり、なおかつベリトイベE1のような普通のステージではうまくいかない時にはここを試すことがあるのですが、ただこのモラクスイベE1が非常に厄介で、

・探索パートの道中が細く、頻繁に雑魚に道を塞がれる
・敵が非常に打たれ弱く、必要な敵を死なせないために繊細な対応が求められる
肝心の列移動が覚醒スキルなので、敵AIがなかなか使ってくれない。このステージを地獄たらしめている最大の要因
・雑魚が暗闇と混乱を撒いてくる。このステージに来る目的は引き寄せてもらうことなので、予防で対処できない。極めて迷惑

と鬼畜要素が満載で、後列メギド1人見るのに1時間以上かかることはザラという、新手の刑罰のようなステージとなっています。これに代わる「かばう」「列移動」ステージが現れたのはまさに希望でした。
ただ、アザゼルイベE2はアザゼルイベE2で、

・探索パートの道中が細く、頻繁に雑魚に道を塞がれる
・ビフロンスさんの奥義が痛い。極めて迷惑
ビフロンスさんの奥義で敵が死ぬ。検証に必要な敵が死ぬことも。極めて迷惑
・しかもビフロンスさんはゲージが短い上に雑魚が覚醒補助してくるので、頻繁に奥義を放ってくる。極めて迷惑
・問題の大半はビフロンスさんを倒せば解決するが、ビフロンスさんの体力はかなり高い。しかも倒しても雑魚が蘇生させてくる。

と鬼畜要素が満載で、新手の刑罰のようなステージになっています。これでもモラクスイベよりかはだいぶマシではあるのですが……。

・Cインキュバス法の発見(10月)

Cインキュバス法の重要な成果2つ。プルフラスの後ろからと、アスモデウスのピンチ姿勢

自分の業績を「発見」と称するのはかなり恥ずかしいのですが、たぶん私より先に見つけていた人はいないと思うので……たぶん……きっと……。
このメソッドの発見はかなり革命的で、前列メギドたちをすばらしいアングルから撮影できるようになりました。詳しくはこちらをどうぞ。
ただ、この記事で示唆していたことではあるのですが、どうもやはり「どの部位が直前に」攻撃してきたかと、「どの部位が直後に」行動したかが、カメラ位置に関係してくるようです。パターン大杉ワロス。ヤダヤダ検証したくない無理。というわけで、私も自分が撮ったものを再現するのに四苦八苦している状態です。

・メギドビューワーの実装(11月)

弊アジトで解放したメギドたち

もし真下から見れるようになっちゃったらどうしようと思って、アジトTVでの紹介の時や実装の日に、

  |\  \
  |   | ̄   |
  |   |  〆 |
  |   |  パ |
  |   |  ン |
  |   |  チ |
  |   |  ラ |
  |   |  部 |
  |   |  之 |
  |   |  墓 |
|\\|__」\
 \匚二二二 二]

というAAを作って待機していたのですが、使うことにならなくてよかったです。もしかしたらこのゲームのパンチラからゲーム性が失われるのではないかと本当にひやひやしていました。
いやマジで、メギドのパンチラってすごいゲーム性があるんですよ。なかなか見れないものをあれこれ工夫して努力した成果としておパンツという報酬が待っている、しかも難しいながらも頑張れば大抵何とかなるという絶妙なゲームバランスが確保されている。そこのあなたもやってみてくださいよ。絶対ハマりますって。

 


今期に実装されたメギドと衣装について
・Rブエル

Bブニ法で撮影

誰も怒らないし、誰も昂らない。ヒヨり72の象徴のようなスカートの中身。

 

・マモン(周年衣装)

いつもの

YESSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
FOREVER MEGIDO72!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

おわりに
攻めているメギド72が大好きです。これからもよろしくお願いします。

メギド72 下から見るか、下から見るか(Cインキュバス法の研究)

ずっと思ってました。Cインキュバスの覚醒スキルで何かできないかなぁって。

だってこの角度ですよこの角度

 

できました

じゃーん

ドガルズオルム戦の「敵通常アタック後に行動すると、カメラ位置が通常と変わる」という仕様を利用するのが鍵でした。いやー何で気づかなかったんだろ。ちなみに上の画像撮った時の編成と配置は下の画像の通り。オーブは適当でいいです。タゲ位置は下の通り左端(鼻先の目)に。

ヘイトコントロール役不採用編成。立ち位置が後ろ寄りのメギドに対して用いられる

Cインキュバス覚醒スキルのカメラを何とか使えないかなということ自体は以前からずっと思ってたんですけど、これを発見するのには相当な時間がかかりました。というのは、基本的にCインキュバス覚醒スキル、何も映らないんです。筆者の経験則的に、大まかな傾向としてはスキル等の演出後のカメラは敵ユニットと自軍ユニットとの距離が近ければ近いほど引いていく(=自軍ユニットが映りやすくなる)のですが、この技の場合、なーんも映らん。常設のステージで最も敵と自軍との距離を近くできると思われるステージ97や禁域のアイニャ戦でもだめだったので、「Cインキュバスの覚醒スキルの演出は、俺みたいなのが悪さしないために何か特別な処理が施されてて、自軍ユニットが消えたまま次の演出に移行するのか?」と疑心暗鬼になっていました(一部例外があるが、通常、スキル・覚醒スキル・奥義の演出中に消えていたユニットは、敵のアタックやチャージの順が来るとその直前に再び表示される)。そんなわけでCインキュバス覚醒スキルの研究は放棄されていました。

風向きが変わったのは2022年8月末イベントの「離れても、心はつながって」でした。そこで登場するアナキスがステージ97やアイニャ以上に近いんですわ。というわけで何か起きないかなーと思って試してみたらちゃんと映るじゃねぇか。

離心繋イベはこの他にも様々な面白カメラ現象を発生させられるので、復刻が待ち遠しいです。というか早く常設化してください

おお、神(DeNA、メディアビジョン)は私を見捨てていなかった…。神(DeNA、メディアビジョン)よ、あなたを信じられなかった弱い私をどうかお許しください…。

引きすぎィ!

ただ、肝心のカメラ位置がどうも調節が難しく、スカートの下を見ることができるメギドもいるにはいるんですが、既存のアンドレアルフス法やBウァサゴ法、Bブニ法よりも汎用性が低く、それらの方法で見ることのできなかったものを見ることができるようになるといったこともなくということで、メソッドとしての評価は「可能性がなさそう」から「可能性はある」に微アップするにとどまっていました。それが今回の発見で圧倒的汎用性と先進性を持った方法に化けるのだから、こういうことがあるから、このゲームはやめられないのですわ。せーの、メギド72、最高~!

 

Cインキュバス法の恐ろしい所は、まず何よりもそのカメラ位置と角度。地面すれすれの位置から真上に近い角度で見上げるので、前列でスカートを穿いている人であれば全てその中身を覗くことができます(弊アジトにはアスタロトがいないので彼女に関しては未確認ですが、まあ多分いけるでしょう)。

もう一つは、変化の多様さ。先述の通りこの方法はミドガルズオルム戦における「敵通常アタック後に自軍が行動すると、カメラ位置が通常と変わる」仕様を利用しているのですが、まず、Cインキュバスの配置された場所によってカメラ位置が違います。見上げることができるのはCインキュバスの左隣に配置されたメギドなので、実質的に配置のしかたは4通り。そして、Cインキュバスが覚醒スキルで殴るドガルズオルムの部位によってカメラ位置が違います。これが3通り。さらに、その前に通常アタックで殴られる自軍ユニットの場所によっても、カメラ位置が変わります。これは5通り。よって、4×3×5=60通りのカメラ位置のパターンがあることになります。さらにさらに、「敵通常アタック後に自軍が行動すると、カメラ位置が通常と変わる」という仕様は星間の禁域のアシュトレト戦にも存在するので、こちらでCインキュバス法を実践することもできます。アシュトレトは部位が5つあるので、4×5×5=100通りあります。合計160通り。まあ幸いなことに、この中の大多数はカメラが前に行き過ぎて何も映らないので実際に試すべきパターンはもっと少ないのですが。

こんな感じ

ちなみにさらにさらにさらに、Bウァサゴ法等においては禁域アシュトレトと塔アシュトレトでは異なるカメラ位置が得られるので、もしかしたらCインキュバス法もそうなのかもしれません。その場合さらに100通り追加されるので、合計260通りとなります。私は検証してませんし、する気もありませんが…。しかもさらにさらにさらに、アタックで殴られる場所だけじゃなくて殴ってくる部位によってもカメラ位置が変わる気がするんですよね。なんか殴る部位も殴られるメギドもちゃんと映った時と同じなのになんも映らんことがちょいちょいあるので…。

 

なお、ブネは比較的後ろの方に立っているのでカメラも相応に引きにする必要がありますが、女性メギドの多くは彼よりも前の方に立っていますので、彼女たちを撮りたい場合はブネ用のセットよりもカメラを前に出すセットをする必要があります。基本的には、Cインキュバス法においては、殴る部位が(向かって)左に行くほど、殴られるメギドの位置が右に行くほど、カメラは引きになります。カメラを前に出したい場合は、この逆を目指します。

迷った時のミニスカバニー貴族

上が標準的な女性メギド用編成例です。サブナックはカメラ位置調整のために採用しており、彼の場所にいるメギドがCインキュバス覚醒スキルの前のアタックを受けるとい感じの絵が撮れます。弊アジトには執心持ちのメギドがいない(Cウヴァルは反撃特性により行動順が変わってしまうので不適)のでサブナックの特性によるヘイト上昇を利用して被弾の確率を上げています。Cインキュバス法はまず①敵の中で最後に行動をする部位(普通は「鼻先の目」)が1巡目にアタックを積み、②敵の中で2巡目に最初に行動をする部位がアタックかチャージを積み、③インキュバスが覚醒スキルを打てるようにフォトンが湧き、④敵の中で最後に行動をする部位の1巡目のアタックがこちらの狙ってほしいメギドを狙う、という3段クルーン的な多重運ゲーに勝利しなければならないのが難点のひとつですが、執心持ちを採用できるなら④を気にする必要がなくなるので幾分楽になるでしょう。いずれにしても根気強くシャッターチャンスを待つ必要があるので、何か動画でも見ながらターン回しをするのがおすすめです。言うまでもないかもしれませんが、映るのは一瞬なのでチャンスが来そうなら画面収録するのを忘れずに。

Cインキュバス法のもう一つの難点は、後列に手出しできないこと。ミドガルズオルムとアシュトレトにステージが限定されているうえ、最もカメラを引きにしても後列のメギドまでは映らないので、現状では前列のメギドしか撮ることができません。しかし、前列でありさえすれば誰でも明瞭に撮ることができるという点ではこの方法は他にない強みがあります。間違いなく今年の最も重要な発見となるでしょう。

マフィンが2つ、オーブンに入ってたんだって。

で、そのうちの片っぽが言ったんだ。

「そろそろ熱くなってきたんじゃないか?おお?」

そしたらもう片っぽはびっくりしちゃって

「うわあ、マフィンがしゃべったあ!」

だって。

 

 

 

 

 

ちなみに、ベリトについてもこの通りなので、浴衣スキン持ってる人は見れるかもしれませんね。私は持ってないので見れませんが…。

任せた